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グリーン・デスティニーと大いなる遺産
昨夜ふと観たくなって棚から2本のDVDを取り出した。『グリーン・デスティニー』と『大いなる遺産』

偶然の一致と言えるのか…『グリーン・デスティニー』のグリーンは翡翠色の秘剣の名称。『大いなる遺産』は登場人物の衣装という衣装がグリーンを基調としていて…小さく鳥肌が立った。ちなみに『グリーン・デスティニー』は Crouching Tiger,Hidden Dragon 中国題は臥 虎 蔵 龍。登場人物が闘う竹林の「緑」も美しかった。アクションは…『マトリックス』のユエン・ウービンが監修したという。どうりで非現実的な動きの連続!なはず。でも何とも優雅…!
この映画はアン・リー監督の創造情熱と集った多国籍チームの技術力、俳優陣の努力と、マーシャルアーツが織り成す『美意識』の結晶。

対する『大いなる遺産』は原作ディケンズ、現代アメリカを舞台にグリーンのキー・カラーで彩られた作品。絵画のようでもあり、写真・グラフィック的でスタイリッシュ。冷たく美しい令嬢にグウィネス・パルトロウ。彼女に翻弄される一途な青年画家をイーサン・ホーク。パルトロウの陶器のような冷たさとイーサン・ホークの悲し気な面立ちが何とも切ないストーリーに仕上がっている。



偶然の一致。



このふたつの映画には「惹かれ合いながらも愛していると言えない」心が描かれている。身分の差だったり、女性の死んだ許嫁が男性の親友のため罪の意識があったり、人は一番正直な心に背くことで何らかの均衡を保とうとすると、ふたつの映画は言いたがっているかのようだ。

『グリーン・デスティニー』で、男性が死を間近にして初めて「魂が彷徨ってもお前のいない天国よりは…」と初めて告白する場面がある。人生を浪費したと。

『大いなる遺産』はハピーエンドで締めくくられているが、そこに行き着くまでのふたりの磁石のように引き合いながら遠のいてしまう心の葛藤が切なかったりする。
蔑んだ態度をされようと気まぐれに接近されようとフィル(イーサン・ホーク演じる青年)はエステラへの気持ちを押さえきれない。不器用な彼は傷つくが、運命は彼を意外な方向に運んで行き、画家としての名声をもたらす。
人生を浪費したかに見えるエステラだが、フィンは再会して彼女の欺瞞も何もかも最後には受け入れる。

ドロドロした人間描写も、一服の絵のように美しい風景の中で繰り広げられると…!



映画って本当にズルい。完結したようなしないような余韻に私は一人取り残されてしまった。





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NIKON F3 / 50mm F1.4 / film : Ektar100
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by maria-letter | 2010-03-19 00:31 | 映画談議ドラマ談議
またまた『私の名前はキムサムスン』 両親の面影が重なって

原本があるのかどうか知らないけれど、カップル成立までの道筋に心憎いシナリオが組み立てられていると感心しきりの私。

何故か…今日日は運命の糸を感じさせるドラマを手にしている。『イルマーレ』もそう。郵便ポストが時空を超えた男女を繋いでるって、どんなきっかけで閃いたんだろ?。人間の想像力ってスゴいなとも思う。

この『私の名前はキムサムスン』は、年月とタイミングと空白の時間が登場人物の関係を大きく揺さぶっている…思い出す限りでも、

・3年前というキーワード

 サムスンは3年前に父親を亡くしている
 ジノン(サムスンと結ばれる相手)は自分の運転中の事故で兄夫婦と男性ひとりを死なせている

 3年前、二人は奇しくも身近な人の『死』を体験しているという設定

 ヒジン(ジノンの初恋の女性)は癌治療のため3年前にジノンに黙って渡米
 そこでハンサムな青年医師ヘンリーと出逢う

・タイミングというキーワード

 ヒジンが帰国したのと時を同じくして、ジノンとサムスンは出逢う

 ジノンがパティシエを必要としている時
 サムスンはたまたまジノンの母親が経営しているホテルに就活
 断られた後、厨房を覗き伺っているところをジノンと遭遇
 ドタバタあって(笑)怒り心頭のサムスンが手作りケーキをジノンに投げつけた(!)
 その味にハッとしたジノンが彼女を自分の経営するレストランに誘う

 偶然同じラウンジで見合いをしていたジノンとサムスン
 サムスンは見合い相手に夢中でジノンに気づかないが
 ジノンは止せばイイのにイタズラ半分
 サムスンとまるで恋仲という芝居をぶってお見合いをぶち壊してしまう
 サムスンは乗り気の相手だったからブチ切れたのは言うまでもない

 その後ジノンはサムスンの後を追い

 ジノンとサムスンの二人が乗ったケーブルカーとヒジンのケーブルカーがすれ違う場面がある
 ジノンたちは上り、ヒジンは下り…これはその後を暗示させる


 ケーブルカーに「プロポーズする」と他の乗客を閉め出して二人だけの状態を作り乗り込んで
 ブチ切れて退職するというサムスンを引き止める企ても
 おまえは予言者か、なジノンさん!
 後々、サムスンの母親に頭を下げて
 結婚の許しを乞いに出向くとは夢にも思わなかったであろうジノンさん!
 いわんこっちゃない。ではある
 年の差で結婚を諦めるなんて嫌だ、とか 母を説得しに行こう、とか何とか
 猿芝居してサムスンの見合いをぶち壊した御曹司ジノンさん!
 ママゴン説得は現実となった やれやれ…フウ

 

 タイミングというキーはまだまだある

 口論となった後ヒジンを追いかけたジノンだが、そこにはヘンリーに慰められるヒジンの姿が…
 それはヘンリーがヒジンに会いたくて韓国を訪問した当日だった

 ヘンリーとヒジンも運命の出逢いだったりする 

 ヒジンが帰国する便・隣り席にサムスンの姉が乗り合わせ(これは出来過ぎの嫌いあり?)
 サムスンの姉は夫の浮気が原因で傷心の帰国

 ジノンがサムスンに見合い見合いとウルサい母親封じにサムスンに契約恋愛を持ちかける
 (理由は絶対!自分が本気になるはずがない、後腐れなかろうという目論みがあって)
 その際「いくらで引き受けるか」と持ちかけられたサムスン
 いったんは無視したサムスンの実家が人手に渡る危機に見回れるという巡り合わせ
 家を守るためジノンに不本意ながら『5000万ウォン』を借りる事態に
 

・・・とまあ何とも出来すぎ、の限りを尽くした筋書きではあるのだけど、事実は小説より奇なりの喩えもあるように偶然の一致や不思議な巡り合わせってあるもの。ここの辺りの心理を上手くついているなあと思ってしまうtakakoさんなのではあった。(笑…フウ…)

しかも、

サムスンにも忘れられない初恋があり、その相手ミン・ヒョヌがジノンの幼なじみと婚約(そのコはサムスンの知り合いでもある。何ともまあ世間は狭いという相関図ではある)。韓国には婚約式という祝宴の席を設ける風習があって、サムスンがパティシエとして雇われたジノンのレストランでその会が催される。

未練がある訳ではないけれど、初恋の記憶を簡単に消せるはずもなく…涙ぐむサムスン。彼の存在を知って自分でも知らぬうちに嫉妬…、自覚もなく何かと突っかかるジノン。自覚がないのはサムスンを異性として見ていないという絶対頭があるせいなのだが…本当に世話が焼けるオトコではある。

しかも、構図としてはいつもジノンがサムスンの後を追っているという図。

・・・なのだけど、サムスンがジノンを振り回していると思い込んでるヒジンさん、サムスンを呼び出しで「ジノンを振り回さないで。もう構わないで下さい」と釘をさす行(くだり)がある。実際はジノンがぁサムスンをぉ振り回してるのよ…だけど、そんなこと思いもよらないヒジンさん。こういう言い方って彼氏の方からサムスンにアプローチするはずがないという頭が片隅にあるのかなぁと。
「おねえさん」と呼んでみたり、「目指す目標を見失ったら、私はどうすれば良いの?」と詰め寄ったり、「好きなものを好きなだけ食べられない苦しさが分かりますか?」とか…そんなことサムスン言われても困るでしょ。ジノンに直接聞くのが怖いのよね。でも、ちょっと失礼かも、呼び出しといて。

でも、「どちらを選ぶかはジノンさんに任せましょう」と言う辺りサムスンさん肝が据わっているわ、流石!年の功。

侮辱されヒドい仕打ちを受け、それでもジノンに惹かれる気持ちを捨てきれずに「心が石になればイイのに」と苦しんだ挙げ句、忘れよう忘れようと努力していた彼女。再会した見合い相手と意気投合しているところを邪魔したのはジノンさんなんだけど…!ムカつくわ。文句ならミジ王ことジノンに言え!だよ、まったく。(註:ミジ王とは傍若無人で金の亡者なドラマの主人公のことなんだとか、ププッ)

フゥ…まあいずれにしろ(笑)、度々ちょっかいを出しては騒動を起こす辺り、かなりミジ王なジノンさん。
しかも!無自覚ながらしっかり嫉妬心を燃やし「他の男の話を熱心に聞いてるのを見るは腹が立つ」だの「僕だけを見ていろ」だのと結構なご立腹ぶり。挙げ句にはサムスンの見合いやいい感じの再会を尽くぶち壊す…救いようがないオトコっぷり。要するにサムスンが気になって気になって仕方がないミジ王ジノンさん。

初恋の相手ヒジンさんと和解してよりを戻したんなら、サムスンを振り回すんじゃない!って、思いません?

要するにサムスンこそがジノンの運命の相手ってことで…、第一タイトルが『私の名前はキムサムスン(英語題はMy lovely Samsun)』なんだし、サムスンとジノンの恋話が軸ってことで。七転八倒する自分が情けないよ…フゥ。上手いなあドラマの仕掛人たち!



それにしても、
赤い糸で結ばれた男女って顔やスタイル・家柄や好みに関係なく出逢い、惹かれ合うようになるというエッセンスがトコトン散りばめられているこのドラマ。以前『冬ソナ』廃人って言葉を見かけたことがあるけど、相当重症だわ、私。と言うのも、亡くなった両親の面影と重なってしまい…思い入れが籠る心情があって、




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More...私の両親
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by maria-letter | 2010-02-12 23:28 | 映画談議ドラマ談議
『私の名前はキムサムスン』的・・・もしあの時

再三再四…まだまだ出てくるキムサムスン談議。このドラマは2005年度作品とか。題名は何処かで見たような気もするが、5年前というと私は何をしてたんだろ。仕事写真に駆け回って、韓流はあまり興味なかったのだけは確か。

韓流ドラマ、入り口は『冬ソナ』。初めて夢中になったのは『チャングム』。まだ片手で足りる数しか観たことないが、これまで観たようなジェットコースター系修羅場はなく、美し過ぎるヒロインも豪華な衣装もない。出演者全員に等身大の心地良さがあった。そんなキムサムスンだが、



ドラマの中で気になったのは、
アメリカから帰国してジノンと寄りを戻したヒジンが…サムスンに揺れるジノンに不安を募らせた時の台詞。

「出来ることなら3年前に戻ってやり直したい」

恋人に黙って渡米したために生じた3年の空白さえなければ、こんな不安に陥ることもなかったし、もっと二人はうまくいっていたのにという後悔。彼女を追ってソウルにやって来たヘンリーに「あなただったら?」と聞いて「僕ならどんなに苦しくても一緒に闘ったと思う」と言われ、ヒジン後悔先に立たずのボヤキ。

確かに「もしあの時」という状況が描かれている。でも、私は「そうかなあ」と思うから、今日はその辺のところを書いてみようと思う。熱いよね、takakoさん(笑)。



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続き・・・読んでくれたりします?
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by maria-letter | 2010-02-04 09:58 | 映画談議ドラマ談議
『私の名前はキムサムスン』再び見終わって

何だか頭の中でリフレイン。どうして、あぁなってしまった訳?と思い始めたら気になって気になって仕方がない。16話なので一気観はさすがに無理。一応なりとも主婦なので…色々やることがある。で、夜中にハードディスクに残してあるのを観ることにして、たて続けに3夜。またまた「あれ?」とピンポイントに観ること2夜。我ながら熱心だ…フム。



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続き・・・読んでくれたりします?
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by maria-letter | 2010-02-03 14:07 | 映画談議ドラマ談議
『私の名前はキムサムスン』を見終わって

フジTVで放送されていた『私の名前はキムサムスン』が今日で最終日を迎えた。この3週間は展開が気になってYouTubeまでチェックする始末、我ながら怖い…!
YouTubeではスペイン語だかポルトガル語だかの字幕のをチンプンカンプンながら、俳優陣の熱演に引っ張ってもらう形で何とか筋書きには辿り着いた。英語字幕も熱心にも見つけたが、ネイティブじゃないのが残念な英訳に終止…いやはやキムサムスン・フィーバーは冷めやるところを知らず、気分はかなりハイテンションな日々を過ごしたものだ。

TSUTAYAで借り出されてしまったキムサムスン・コーナーにガッカリすることも今週にはなくなっていた。後4話を残すのみ、どういう展開かも知ったとなれば、わざわざママチャリをかっ飛ばす元気が出るはずもない。余裕で最終話を迎えた(とは言え、入れ込んでいるのには変わりなかったりする)。


このドラマは魂の出逢いを上手に描いている。

ラブコメディという括りには収まりきらない魅力に溢れていた。今回フジTVで地上波登場で放送されて人気再熱するのも頷ける。私的には運命のイタズラって、案外こういうふうかもと思うところが何カ所もあった。事実は小説より奇なり。あの日あの時あの場所で・・・でなかったら、という偶然の一致、誰もが一度は経験しているのでは…。

ヒロイン、キムサムスンと恋に落ちる金持ちのボン、ジノンの心の変化。

彼は初めからキムサムスンに興味を持ち、何かとチョッカイを出し続け…、彼女が他の男性と接すると腹が立つなどと訳のわからないことを言い、粗方サムスンの女心を振り回し…、初恋の相手と誤解が解けて寄りを戻した後も、サムスンのことが頭から離れずに悪戦苦闘するあたり、ジノン演じる…えっと名前何だっけ?…男優さんの魅力がなければ、ただの変なヤツ感じ悪い男で終わったろうと思うのけれど、登場人物がその男優さんだけじゃなく皆が魅力的。やっぱり配役って大切。

描かれ方としてのキムサムスンは顔十人並み・太め、男として普通に常識的に恋愛対象としては「あり得ないでしょ」というジノンの思いが至るところ、台詞に散りばめられている。なのに、どうしても頭から離れないのよね、彼…キムサムスンのことが。なので、苦しいとか何とかサムスンにエラそうに訴える場面が何度もあったりする、シュールだ。

恋愛対象としてあり得ない。なのに惹かれてしまう。これを運命の出逢いと言わずして…!キムサムスンが恋とは「もともと子供じみたもの」という場面がある。理屈も通説も通じない。人と人との縁は冷静に判断できるようなものでは、確かに…ない。理性ではどうしようもないところで七転八倒もすれば歓喜もする訳で。

このドラマは整形大国韓国の風潮に逆風を吹かせるようでもある、ふむ。

架空の人物の架空の恋愛。ドラマは作り話なのだけど、こういうドラマが熱狂的に迎えられるということは皆が運命の出逢いを求めているからだと思う。恋に恋するのは年齢に関係ないということか…。

私などはカメラ持たせて旅させとけば、ご機嫌ときている(笑)。そして、思い残すことは然ほど残ってなかったりする。後悔することがない訳ではないが、色々あってなんぼの人生。やり残したことの方が多い気もするが、それもマイウェイなのだと悟る、心はとっくにご隠居モードか。



運命の出逢い…かあ。



年月とともに人類愛に熟成して、それが心地良かったりする。夫婦ってマンネリって訳じゃなく、歳月が培う何かがあるのだと思う。

ひとりの男とひとりの女が出逢って、色々あって、やがては家族という絆で結ばれる。人間業とは絆体験なのかも知れないと、キムサムスンを見終わってしみじみ思った。






今日は写真はなしです。拙い私の写真でも楽しみに訪問して下さる方には申し訳なく思います。
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by maria-letter | 2010-01-30 00:45 | 映画談議ドラマ談議
『純愛日記』改め『 A Swedish Love Story 』

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              amazon.com『 A Swedish Love Story 』



この映画がDVDになるとは思っていなかった。日本公開は約30年前。ミニシアター系で一昨年だかにリバイバル公開されたとかいう情報を知ったが、時すでに遅し…!封切館はとっくに別映画に切り替わっていた。海外取り寄せという方法もあったようだが、何だか疲れを感じて封印。

と・ところが、DVD発売されることを偶然発見!焦ることもなかろうにかなり焦りまくってamazonにアクセス。画面上にこの画像を確認した時の私の気持ちは…初恋ありし頃のアルバムを開くのに似て、胸締めつけられた。

届くのを首を長〜くして待ち、封を解くのももどかしく、百年の恋人に逢うかのような気持ちでDVD観賞。





え・・・・とですね、これ・・・私が観た『純愛日記』というタイトルで公開された映画とは別もの。
あれは・・・何だったのだろ。同じ映画なのに別もの・・・かなり昔なので記憶違いなのだろうか。この映画は原語では確か・・・スエーデン人の日常とか何とかいうタイトルだったと記憶している。監督の描きたかったのは、少年少女の初恋を描きながらも国民のジレンマか。何だか中途半端な映画だなと少なからずガッカリした。

DVDのエンドロールに到る場面は霧の湖畔でヒロインのパパが行方不明になり皆で必死に探し回っているところにパパがヒョッコリ現われ、皆がシラケきって別荘に戻るというものだった(BGMも初回公開時は日本で新たに挿入されていたという箇所があった)。世界いっせいではラブストーリーと銘打っての公開。これでは受け入れられないと封切り会社は読んだのか?かなり少年少女をメインに、かなり厳しい編集だったんじゃないかと思えるふしがある。

加えて登場人物の大人たちを普通のスエーデンの人々とすれば、彼らの日常は逼迫して不平不満が鬱積して病的でさえある。福祉国家にも心の病巣はあるという、そのリアルさを描きたかったのだろうか?何だか観ている私が悲痛になってくるほど陰鬱に描かれている。それに比べて北欧の夏の美しさ・・・!

病んでいる心理描写が余りにもプライベートで大衆娯楽とは一線を画する作品。初回公開時は大々的にラブストーリーとして売り出されていた。ということは何とか世界市場に乗せられるまでにラブストーリー色を強めたということ?多分そうなのだろう。

初回公開時は霧深い湖に美しい旋律が重なって、少年少女の仲睦まじいシーンがオーバーラップしてエンドロールを迎えていた。あれは苦肉の編集だったってこと?
エンドロールで捜索に疲れ果てたオジさんオバさんが列を成して歩く姿「それはないだろ」という、何ゆえに「純愛日記」?何ゆえ「A Swedish Love Story」?な作品。初回公開の編集さんの苦労が忍ばれる。もちろんストーリーまるごとマルッと気に入っているという人もいるだろう。これはあくまでも私個人の独断と偏見に過ぎない。

私的には今回DVD化されたオリジナルは「作者は何を言いたい?」と思えたし、まるで恋愛感情が醒めるのにも似て、私はかなりの失望感を覚えた。描きたいものが散漫な印象は否定できない。

スエーデン人の心の病みやジレンマの上に少年少女の初恋を乗せたにしては、何ておおざっぱな描かれ方だろう!
監督のファンは日本でも根強いようだ。気鋭という。私は別にこの監督のファンではないから毒舌なだけかも知れないが、2時間そこいらに・・・描きたい何かを凝縮させることの難しさを私は感じた。

初監督作だったか・・・未完成な印象も仕方ないのだろうか。

その点、韓流ドラマはこの辺の描き方は匠。観衆の心を如何に掴むかの勝負に真剣なのだろうし、プロ意識が高いのだと思う。観衆に媚びる作品ばかりでも面白みに欠けるだろうし、難しいところだ。文句ばっかり言うようだが、何しろ、




この映画の映像は余りにも美しく、少女が余りにも美しい。二度とは戻らない季節を彷彿とさせる。




確かに表現は自由。

私は、この作品はストーリーを味わうというより、写真のように観賞する映画なのだと思う。
カメラを手にする人ならきっと分かる・・・!切り取りたいシーンが満載なのだ。シナリオは横においても映像美を堪能できる作品というのが私の印象。

それほどまでに映像は美し過ぎる。ストーリーをクソミソにけなしても・・・映像は限りなく心に刻まれ離れることはない。

少女の大きなまっすぐな瞳

煙草を燻らせながら泣いてマスカラで汚れた顔

暮れなずむ中、走る少年たちのバイクの影

サッカー場 少女の住む線路を眼下に見下ろすアパート 少年たちがたむろする店

ミニに革ジャン 

音楽も心地が良く、どれを取っても絵になる場面が目白押しだ。無意識にシャッターを切る感覚で観ている自分がいたりする。




いやぁ・・・初恋の相手にドキドしながら再会してみたら、お互い見る影なかったという。初恋は遠く思い出の彼方に置いといた方が賢いということなのかも知れない。
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by maria-letter | 2010-01-25 15:32 | 映画談議ドラマ談議
私の名前はキムサムスン
 
今フジTVで月曜日〜金曜日にかけて放送されている韓流ドラマ。ロマンチックラブコメディとのことだが、うかつにもまたハマってしまった…!

今時は本当に便利、来年地デジにスッカリ切り替わる気運も高まってか(?)音声切り替えると日本語字幕が付いて来た!私は原語で観たいタイプなので多いに助かる。英語ならある程度は理解できても韓国語はチンプンカンプン。それでも少しづつ単語は耳に入り始めていている、次のソウル旅行に期待がかかる(…訳ない、笑)。

この『私の名前はキムサムスン』は韓国語のニュアンスはまったく通じないけれど、日本語訳からするとかなり本音爆発していて、つい吹いてしまう台詞が目白押しだ。
ヒロインはちょっと太めのパティシエ。日本のドラマでいうと…『ブスの瞳に恋してる』タッチ。年下男性との恋を描いている辺りは『僕の美しい人だから』を思い起こさせるし、不釣り合いな恋愛という辺りでは…私の王子様(最近はめっきり老け込んだが)リチャード・ギアの『プリティ・ウーマン』や、デブネタであれば『ブリジット・ジョーンズの日記』も思い出される。

いわゆる描かれているのは現実ではまったくではないにしろ「ありえな〜い」恋愛だ。

ずっと前にTVで親子ほども年齢が離れた…男性が年下というケースのカップルを追った番組があった。ゲストの男優が「魂の出逢いをしたんでしょうね」とキレイに表現していたが、言いたいところは女としての魅力は「どうなんだろう」という印象があったはず。自分なら普通なら恋愛の対象にはならないでしょうねというニュアンスは皆無ではなかった。

ちなみに私の両親も年の差カップル。駆け落ちだったというが、父と娘の私とは孫子ほど年が開いていた。母とも親子ほど年が離れていたが別段珍しい訳ではなかった、男が年上だから。




この『私の名前はキムサムスン』では3歳の年の差という設定。大したことないじゃん!な感じもあるが、ヒロインは三十路、相手は27歳という、要するに女は30歳過ぎれば旬は過ぎているという社会の通説が重〜く伸しかかっている設定。「差別じゃね?」と言いたくもなる。行き遅れと言われるのも女に決まっている。最近は婚活という言葉が流行っているけれど、生涯独身でも構わないという男女も増えているという。

韓国ではこのドラマの影響で年下男性のカップルが増えたのだそうな。

ドラマの中でサムスンと丁々発止のジノンが「あなたを抱きたいと思う男はいませんよ。この手を見なさい。ブタの足みたいじゃないか」という台詞があった。これは本当はサムスンに惹かれているのだけれど、それを認めることができない彼流の悔し紛れなのだけれど、モテない女のくせにという見下したニュアンスがある、言われた方は傷つく言葉だ。

サムスンも負けてはいない。いつも本音でジノンにぶつかっていくタフな女だし、本気で凹んで泣いてそれでも立ち直ろうとする…、健気だ!




このドラマはフィクション。それでも何だか等身大に響く魅力がある。引き込まれてしまう。
多分だけど、誰もが心の何処かで「魂の出逢い」を望んでいるからでは…?見た目とか釣り合うかどうかとか、そんな物差しでは収まりきれない引き合うチカラ。本人たちにしか分からない磁力というのか、そういうものに憧れる気持ちがあるからでは…?
魂の出逢いを重たくならないようにコミカルに庶民感覚を練り込んで、非現実的な恋愛をリアルに作り込んでいる。

韓流にハマっているって何処となく私には気恥ずかしさがある。それは私の中に「いい年をして」という偏見があるせい。ハマっているのが熟女・高齢期を過ぎたであろう女性層が主だからだ。一緒にされたくないなんて…何という心の狭さ!だろう。女は30歳過ぎれば旬じゃないって「偏見じゃね?」とイラッとする立場では私はなさそうだ。

幾つになっても恋する気持ちは失われないという…そういうことなのだと悟るに至る。私はまだまだ未熟者だったりする。





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by maria-letter | 2010-01-22 23:42 | 映画談議ドラマ談議
イルマーレ


f0139890_23282416.jpgフジTV昼帯で始まった韓流ドラマ『私の名前はキムサムスン』またもや台詞回しの面白さにハマってしまいました♪
どういう展開になる訳?と気もそぞろ(笑)ついTSUTAYAでDVDレンタルと走ったんですけど、あらかた借り出されてました…!
13・14話収録のを一巻借りてレジに行く途中『イルマーレ』が目に入りました。
私はキアヌ・リーブスとサンドラ・ブロック主演のリメイク版を先にお買上げしており、韓流の元映画を見逃していたので一緒に借りることに。




映像の美しさに見惚れてしまいました…カメラ好きにとって、韓流『イルマーレ』は何とも言えない魅力が全面に散りばめられていました。
微妙な心理描写も繊細で多感…あのもどかしさや傷つきやすさは何処か身の丈の自分と重なるようでもあり、切なくもありました。

時空を超えたお伽噺と言ってしまえばそれまでなんですけど、ファンタジーを日常に降ろして等身大の目線で描写しながら、非日常なタッチも失っていない…不覚にも無防備だったせいでエラく心を揺さぶられてしまいました。

チェジュ島の透き通る海の色。赤いミトンが流されていく場面。

イルマーレの建つ湖の干潟で泥だらけになりながら主人公がサッカーボールと格闘する冬の色。

洗濯干した空の開放感と犬のコーラの人なつっこさ。

写真で切り取りたいと思う場面に終止飲み込まれてしまいました。景色だけじゃなく二人の表情にも。



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DVD見逃していたのは私のミス。

それでもハリウッド版のイルマーレの終わり方の方が私的にはホッとするというのか…もし私が彼女だったら、あの瞬間に現われて欲しいとそう思っただけなんですけど。
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by maria-letter | 2010-01-14 23:52 | 映画談議ドラマ談議
太王四神記 感想文11

状況証拠で追いつめられていくキハに 2008年 10月 27日

 
同情しきりの私。何度でも書きたい気持ちになる。状況証拠で追いつめられて、唯一心を許せるタムドクの気持ちが離れていってしまう。タムドクから「何故」と聞かれ、事実を吐露しようとするとホゲに遮られてしまう。スジニの手引きでタムドクと落ち合おうとするとあの魔法使いに罠にはめられてしまう。でも、キハが一番傷ついたのはタムドクの父王のひと言かも知れない。

「お前も私もタムドクが王になるのを妨げてはならぬ」とキハと二人の密室で自害。まるでキハが殺害したかのように死を持って信念を貫いたあの時のキハの動揺は如何ばかりかと。

いずれにしても、私の何とも歯がゆい気持ちは拭えない。そうして、キハは追いつめられていく。身籠ったことをタムドクに相談しようとしてもそこにはスジニと仲睦まじい姿が。そりゃあ、一人で生きていかねばと、おなかの子を守らねばと気丈になっていくのも仕方がないと思うのだけれど。

もう同じようなことばかり言ってますよね・・・苦笑。

つき合っていく中で相手の気持ちが冷めてしまいのなら、分かる。でも、物語のラスト数十分前まで愛するタムドクの誤解を解けないまま。キハは知らないけれど、タムドクの気持ちはスジニに傾いて。
これじゃ救いようがない。あんまりじゃない!って思う。だから、再放送も観る気持ちがしなかった。

脚本はラストにスジニが朱雀になるという筋書きまで用意されていたとか。
 
状況証拠が最後まで尾を引いて、誰より愛した人の心に真実が届かないドラマ『太王四神記』。

スジニとキハのタムドクへの気持ちは本物。最後、タムドクはキハと天に還っていった・・・それだけがやっぱり救い。だって、こんなに仲睦まじかった二人だから。

「私の欲しいものはただひとつだったのに」キハのこのひと言が胸に迫ります。
 



『太王四神記』NHK公式HP




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by maria-letter | 2008-10-27 01:02 | 映画談議ドラマ談議
太王四神記 感想文10

太王四神記 誤解から 2008年 07月 14日


久しぶりに『太王四神記』を観た。地上波はハイビジョンのとは違いカットされた箇所も。しかも吹き替えというので何だかシックリこなかったけれど、吹き替えなので改めて理解できた部分もあった。

キハってタムドクの父王殺しの濡れ衣も着せられたのよね。父王はキハから命を救ってもらったこともあったのに(恩知らず!)。それはホゲのママゴンから毒を盛られて危なかった時。でも、息子をチュシン王にするという信念のため、その命の恩人も犠牲にするという・・・。これって何だかホゲのママゴンと変わりないと思う、私。

キハが神殿で大神官に詰め寄るシーン。朱雀の玉は「もともとは大地の母のものでした」と言う、あのシーン。自分の中に宿った命がキハの力を強くしているという。天の意思はもともと天の使者ファヌンと大地の母が結びつくのを意図していたのかしら。

火を守っていたのは大地の母だったのだし、キハの前世カジンは愛を知らず戦いに明け暮れていたのだし。いくら日頃の行いが良いからと言って、セオに紅玉を与えたのは過ちとしか思えない。例えセオを愛したとしても。 取り上げれば怒るのは当然のこと。いくら日頃の行いが悪いカジンとしても。火の民には火の民の伝統とか信念とかある訳で。

一方的に取り上げて、ライバルの女に与えるなんて先見の明なさすぎ・・・。ギリシャ神話も神々のこういう「あちゃあ」って行いが多いけど。天の意思も地上に降り立ったとたんに人間臭い感情に揺れて全体を見通す『神の目』が曇るのかしら。

もともとは大地の母のものというキハの台詞やタムドクの子供を宿したのはスジニではなく キハという、タムドクとキハには特別な『絆』があるように描かれていることや。色々思い出して、また納得いかない気持ちが沸々と湧いてきた。

命の恩人のキハに濡れ衣がかかることを意図したように命を絶った父王。キハだって恩にきせる気持ちは微塵もなかった。ただただ必至で父王とタムドクを救おうとした。なのに「あんまりだ」と思うのは私だけ?

キハのタムドクへの思いはカジンのそれと同じだったように思う。愛する人と一緒にいるだけでイイという。スジニのタムドクの役に立ちたいというのとはちょっと異質?キハの方が女が異性を愛する時の・・・熱さを感じる。添い遂げたい・・・これは普遍的な愛情表現という気がする。

タムドクの父王の命を賭しても息子をチュシンの王にという、キハに罪が及ぶのを知りながら「すまない」と。でも 自分もキハもタムドクがチュシン王になるのを邪魔してはならない」という。

タムドクは大切な人を犠牲にしてまでも王になろうとはしなかったはずだけど。子を思う親の気持ちはホゲのママとちっとも変わらない。二人とも自分の息子こそがチュシンの王と信じていたのだから。タムドクが本当の王・・・だった訳だけど。

それでもキハは父王を恨んだりしなかった。助けることが出来なかった悔恨の情やタムドクが信じてくれなかった痛みで苦しんで。そして、タムドクに捨てられたという『誤解』が彼女を非情な女にしていった。そんなキハを誰が責められるというのかしら。

おなかの子を守ろうと、あのファチョン会のドンから守ろうと彼女は必死だった。頼りのタムドクに自分を父殺しの張本人と思われたまま。ドンが仕掛けた罠で雨のあの場面でタムドクを失ってしまったキハ。

スジニとキハ 本当に辛かったのはどっちなのかしら。


私が太王四神記を余り観たくないなあと。しばらく遠ざかっていたのは全て誤解から始まっていて。キハとタムドクは添い遂げたいと願っていたけれど、誤解が誤解を生んでキハは追いつめられていくばかりという・・・ところに疲れを感じたから。

まだキハとタムドクの間にお互いを信じられるという絆が二人の間にあるように描かれていれば、ハラハラドキドキしながらでも、また観る気持ちにもなるのだろうけれど。やっぱり脚本はキハの描き方、誤解されっぱなしっていう設定に何だか釈然としないものが残っている。

え?じゃあ何故また観る気持ちになったかって?

そろそろ青龍の君が出てくるころかなって(笑)ビンゴ・・・!

それにしても誤解で全編覆い尽くされたタムドクとキハの絆は辛過ぎて。余談だけど、カジンとスジニって気性、似てませんか?元気が良いし、野山を駆け回って気が強い。ちょっと影のある芯の強い女性キハはセオのよう。私だけかも知れないけれど。

やっぱりタムドクとキハにはこの世で幸せになって欲しかったなあ。

あのアジクの両親なのだから。黒朱雀に変身すrかどうかは、ファヌン(あるいはタムドク)の子供を宿すかどうかが鍵のような。キハは大地の母だとすると尚更、この世でと思う私。

それでも、一緒に天に還ったことだけが救い・・・。
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by maria-letter | 2008-07-14 00:09 | 映画談議ドラマ談議